2019年08月03日

和木関ヶ浜妙見山(1)

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公共交通機関を利用した山行をしているが、なかなか新しい山がない。和木駅が開業したので、なんとかこの山まで歩いて行けるようになった。駅から約四〇分、途中に石仏、瀬田八幡宮、用水跡をみてやっと登山口の妙見社に着く。コンクリ階段を登ると和木町天然記念物大檜に出会う。
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2018年03月19日

宮ノ洲古墳と「宮洲塩田図」

三角縁神獣鏡を出土した著名な4世紀代の前期古墳宮ノ洲古墳は現存しないが、古地図上でその位置を確認できることはあまり知られていない。

享和二年八月二十一日に宮ノ洲古墳を発見した宮洲屋幸吉は、享和二年八月晦日、石室の前に、小社を建立することを願出し、享和二年十二月二十七日に許可された。藩主から銀10枚の寄進を受け、また、敷地及び祭事料として除石されることされた。

 除石の詳細は文化二年八月十五日付けで次のように通達されている。

  東豊井村

            宮洲屋

             幸吉

 宮洲山新開発地十六番

  一畠壱畝九歩

    米壱斗弐升壱合七勺弐才

      但埴常明神之小祠敷地南北五間半東西七間半御除

前同所

  一畠壱反四畝弐拾四歩半

    米壱石四斗弐拾七勺三才

      但埴常明神之祭事料 

(中略)

乙丑

   閏八月十五日  御蔵本

          御代官所

               (「大令録」山口県文書館蔵 徳山毛利家文庫)

この「宮洲山新開発地十六番」の地は、「宮洲塩田図」(山口県立山口博物館蔵)で知ることができる。

「下松市郷土資料文化遺産デジタルアーカイブ」で公開されている「宮洲塩田図」を見ると、宮洲山の東麓に赤い短冊形にぬられた場所の側に「宮洲山新開発地十六番」と記され、赤い祠が描かれている。これが埴常社で、宮ノ洲古墳の所在地である。「宮洲塩田図」は江戸期の塩田開作等の状況を記すばかりか、三角縁神獣鏡を出土した4世紀代の前期古墳の位置を記す貴重な史料である。

  参考資料 磯部際右衛門「宮洲開発地石室覚」

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2018年02月17日

老僧山(21)

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三角点

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これから先は急降下。針葉樹混じりの荒れた森で面白みはない。

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深坂峠

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麓の管理道が長い

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厄神社

img_3488.jpg佳い縦走路である。特に、前半の閑かな山道は県内屈指である。ただ、不要なテープが多くぶらさげられているのが残念である。(17.02.15)

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2018年02月12日

老僧山(20)

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2018年02月09日

老僧山(19)

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